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フランシスコ・ザビエルはハゲ?薄毛?

ザビエルは薄毛でもハゲでもない

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よく見るザビエルのあの肖像画…ハゲ?薄毛?

学生の頃、それこそ薄毛なんて全く気にもしてなかったあの頃、社会の教科書でひときわインパクトの強かったあの肖像画。「フランシスコ・ザビエル」の河童頭。

クラスのみんなで、いじくり倒してよく笑っていました。

もちろん、「なぜこんなにハゲているんだ?」

と、歴史的背景、宗教的背景を全く知らない僕たちになかなかの思い出を残してくれました。

だけど、どうやらあの頭はハゲているワケでは無いようです。

ザビエルの頭は「トンスラ」

あのザビエルの頭は、「トンスラ」と言われる、カトリック教会の修道士独特の髪型なんです。

トンスラというのは、本来頭頂部だけを剃るのではなく、ハチマキを巻くように側頭部、後頭部、前髪の一部の髪を残す独特の髪型です。

トンスラ

1972年には廃止されたようで、その由来はなんと「不明」なんだそうです。あれだけ斬新な髪型なのに、意味が分からないなんて。

日本人のちょんまげとは違うけれど、それぐらい当たり前のことだったのかもしれません。

ザビエルは薄毛どころか剛毛だった!

ザビエルはそもそも薄毛、ハゲなどではなく「剛毛」だったそうです。その証拠にふっさふさの肖像画が多数残されています

仲間だと思っていたのに、少し裏切られた気分ですがザビエルの生い立ちを遡るとうらやましいとも思いにくい人生を送っています。

薄毛になっていてもおかしくないぐらいザビエルの人生は壮絶

もともと生まれた「ナバラ王国」は、フランスとスペインの紛争地になってスペインに併合されます。ことのときに父親が他界。それから14年後には母親、その4年後には姉が他界しています。

さらに、聖職者を目指しイエズス会を創立した後に聖地エルサレムへ巡礼しようと思っていたのに国際情勢が悪く果たせませんでした。

他国を周り、日本にやってきたけど、鹿児島で宣教を許されるも仏僧により禁教とされて、山口に行ったけれど

「男色(当時の日本は同性愛OK!)が禁止されているキリスト教なんぞいかん!」

と大名にめちゃくちゃ怒られました。

さらにさらに、京都の将軍「足利義輝」に会えるように段取りを試みるも、お土産がないという理由で断られたようです。比叡山の僧侶との論戦も断られてとりあえず拒否されてばっかりです。

京都はダメだということで、またまた山口に戻り、「男色が〜」という理由で怒られた大名に、今度は大量の贈り物を携えてお願いしたところ、あっけなく宣教OKをもらいました。

次は中国に!と上川島へは行けたのですが、そこから先に進むことができず、体力、気力とも限界を迎えて病に倒れてそのまま他界しました。

その年齢がなんと46歳という若さ!

だけども、その成し遂げた功績は計りしれません。

なんにしてもザビエルは剛毛。昔のようには笑えませんね。